昨日のブログで、スピリチュアルを学ぶ時は、自分の可能性や潜在能力を信じることが大切だとお伝えしました。
ここさえ一貫していれば、人生全般に愛と光が満ちてきて、自動的に良くなるようになっています。
自分を信じられない、宇宙(神様)に委ねられないことが一番の問題だと思ったらいいでしょう。
”信じられない”のは、結局のところ、自分を信じていないということです。
自分を信じていないから、執拗に誰かに認めてもらおうとするわけです。
誰かに褒めてもらいたい、
優しくしてほしい、
愛されたい、
かまってほしい、
こういう意識の時は、自分不在で生きている時です。
魂は寂しい思いをしています。
何のために自分はここにいるのか?何のために生きているのか?といった疑問や不安、心配がいつも湧いてくると思います。
幼少期に褒められなかったからと、執拗に人に褒めてもらおう、認めてもらおうとする人が中年期以降の大人に凄く多いです。
自分を褒めてないから不安で寂しくなるのです。
人に褒めてもらおうと必死になるのではなく、人を喜ばせよう♪どうやったら人を喜ばせられるか?に精進すればすべてうまくいきます。
厳しいようですが、
親や目上の人から褒められて育つ時期は終わったと思ってください。
それに、褒められたいと思わなくても、勝手に誰かから褒められる自分を創ったほうが遥かに気分がいいはずです。
自分を高め、他者と協力することに心を開くことです。
今度は自分で自分を、自分が誰かを褒めて、励ます番なのですから。
子供には褒めるけど夫は褒めないとか、家族だからわかるだろう、友達だからする、とかではありません。
自分がしたいからする。
そこに期待したり見返りを求めるのは、心が癒されていないからで、真実の愛や宇宙の無条件の恵みを信じていないからです。
自分が褒められたいなら、まずは自分を褒めて、誰かをたくさん褒めるしかありません。
自分が認められたいなら、まず自分を認めて、誰かをたくさん認めればいいのです。
自分がされたいことは、まず先に自分から差し出す、与える。
そうすれば、そのままいや、あなたのやりようによってはそれ以上返ってきます。
そのほうが楽しくないですか?
ちなみに、私は会社員の時、嫌いな人にもたくさん認めて、褒めて、協力し、与え続けました。
最初は簡単なことではありませんでしたが、その時には自分のハイヤーセルフやガイド、大天使ミカエルとやりとりができるようになっていたので、その支えのおかげで、今度こそ本気で自分を変えようと決めて、最後まで自分に責任を持って取り組みました。
そのうち嫌いな感覚もなくなり、気にもならなくなりました。
”嫌いな人”という観念もなくなっていました。
私が退職することが決まると、私も辞めますと絶対辞めないであろう同僚が辞めることを知り、取引先からも一緒に仕事ができて本当に助かっていたことを聞かされ、道外の支店からも気は変わらないのか?辞めなくてもいいんじゃないか等たくさんの声をかけていただきました。
今もやりとりをするその業界の仲間がいます。
私はたくさんの感謝と晴れやかな気持ちで退職し、現在のサロンをスタートさせたのです。
その数か月後、社長が来札することになり、私はそこへ呼ばれました。
当時の責任者がその後まさかの懲戒解雇になり、私はその代理として短期間でもいいから会社へ戻るよう勧められました。
自分ではもうお役に立てないと、お断りしましたけど。
奇跡は、思わぬ形でやってきます。
社長の招集が半年早かったら、私は会社を辞めなかったかもしれません。
でも、すべてに必然で、それは最善なのです。
自分が決めて始めたことを否定して抵抗するのではなく、ただやりきる。
ただそれだけのことです。
私はこれまで自分を鍛えてくれた、これまで働いてきた場所に本当に感謝しています。
ここまでの経験がなかったなら、私は今の仕事はできなかったと思います。
人にしてほしいことがあるなら、自分の意志を素直に伝えるしかありません。
素直じゃないから要らぬ誤解を生み、可愛がられなくなるのです。
人は、自分に親切にしてくれる人、自分を居心地を良くしてくれる人が好きなのです。
人間関係のコミュニケーションに関する書籍はたくさんあると思いますが、頭に知識を詰め込むだけでなく、実践が一番身につくようになっています。
ここは物質世界の地球ですから。
読んだだけでは、人間根幹からは変われないです。
どういう意図で生きているか?ですべてが決まります。
大事なところなのでくりかえします。
人に褒めてもらおうと必死になるのではなく、人を喜ばせよう♪どうやったら人を喜ばせられるか?に精進すればすべてうまくいきます。